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投資信託の常識

永年シティで働いた中年のセールスマンが自噺気味に、「クビになったら、花屋でもするさ」と言っていた。 聞いて、私はふと、以前に聞いたよく似た言葉を思い出していた。
日本の商社に勤めていた頃、ある先輩社員が漏らした言葉である。 彼は50歳近くになって会社を辞めて、個人商社を興した。
なけなしの貯金をつぎ込んだ大きな賭けだった。 会社を辞めるイギリス人セールスマンの言葉から、私はこの先輩を思い出していた。
イギリスの屋台の花屋に思った。 「失敗したら、ラーメンの屋台でも引くさ」と妻は言う。
最初私は、その花屋の男は近郊の園芸農家で、道路の脇で花を売るのは、小遣い稼ぎの副業だろうと思っていた。 朝から夕方まで、同じ男性がその場所で花を売っているところを見ると、それ以外に仕事がないとおぼしい。
車が激しく行き交う道路の側のわずかばかりの空間に、花を並べて売っているのは、どことなくわびしげな光景である。 時々、花だけがあって、本人の姿が見えないが、あれは小用でも足しに行っているのであろう。
誰かが無断で花を持って行きはしないかと、私は余計な心配を日本では屋台のラーメン屋か。 その花屋もラーメン屋も、実際は、仕事でないことはいうまでもない。
「あんなところで商売になるのだろうか?」と車で通るたびにいつも思う。 1年中、あそこで商売をしているところを見ると、売れるのでしょうね」失業して、次の職がなかなか見つからない場合、このように花を売るのは、資本も大してかからず、手っ取り早い収入の道かも知れない。

この花屋だけではない。 私が通勤に使う駅では、夕方になると出口付近に、臨時に開業する花屋がいくつかある。
彼らが売る花の値段は安い。 大きなバラが5、6本で2ポンド(380円)くらいである。
見ていると、これらの花を買って帰るイギリス人は結構いる。 常連客もつくようだ。
日本のサラリーマンと違って、イギリス人は帰宅するのが早い。 5時に終業すれば、ほとんどの人はそのまま退社して、駅に向かう。
彼らは、家族と過ごす時間を、仕事と同じくらいに(あるいはそれ以上に)大事にする。 妻や子供らの誕生日、結婚記念日などにはもちろん花を買って帰るし、彼らがよく開くホームパーティにも、花は欠かせない。
彼らの日常生活に、花はなくてはならないものである。 よく夕方の電車で、花を持っているサラリーマンを見かける。

花屋の屋台は便利である上に、イギリス人の生活習慣に合ったものだから、何も問題はない。 見ていて潤いさえ感じられるのである。
ただ、同じ花屋でも、繁華街で車の列が赤信号で止まっている時に、車の側まで来て赤いバラか何かを売りつけようとする人たちがいる。 花屋ではなく、花売りと呼ぶべきだろう。
あれはどうもいい気持ちがしない。 押しつけがましいし、第一、車道の中まで入って来るのは危険である。
誰かがその花を買っているのを見たことがないから、それほど売れはしないのであろう。 花屋の屋台にはイギリスらしい情緒を感じるが、こうした押し売り的な花売りには、寒々としたものしか感じられない。
ただ、彼らの中には、アフリカや東欧からの移民が多く含まれているはずであり、違法居住者イギリスの春は遅い。 日本より北に位置するこの国では、2月頃から日の暮れる時刻がどんどんと延びてきて、春の到来を予感させる。
この季節を嫌いな人は多分いないだろう。 植物の中で、第一の季節の使者をあげるなら、水仙である。
真っ先に小さい、鋭い芽を吹きあげる。 日々大きくなっていくことが、見た目にはっきりと分かる。

やがて、あざやかな黄色の花が一斉に開く。 イギリスの街のそこかし」に、水仙の花群が咲き乱れる様は見事だ。
イギリスの水仙を詠った私の作品である。 暗い冬の闇が徐々に薄れ、一気に明るい黄色の水仙が咲き乱れる。
イギリスの風景としては似合わないくらいだ。 「美しき嘘」とはそのあたりの雰囲気を表している。
寒さがまだきびしい2月末に梅の花が咲き、やがて、桜の花も開く。 当地の桜は花びらが小さく、満開になってもソメイヨシノのように華やかではない。
むしろ、何となく寂しげでさえある。 これらの桜にも幾種類かあるようで、花びらが白いものもあれば薄い紅色や濃い紅色のものもある。
日本の桜との違いは、イギリスの桜は花をつけている期間が長いということである。 なかなか散らない。
咲く時期が種類によって微妙に違うので、この国では大体2月末頃から5月頃まで、桜の花を見ることが出来る。 夜、私は家路をたどる時、無人の坂にひっそりと咲いている桜を見る。
街灯に白く浮かびあがるその姿は、黄泉から死者の圭垂がこの世の春に還り来たような印象があり、不思議な気持ちにさせられる。 イギリスの天候は不安定だから、3月になって急に雪が降ることがある。
満開の桜の花に、雪が舞い散る光景を何度も見た。 日本人として、桜の花の下をそぞろ歩きする気持ちには、特別なものがある。
別に国粋的な意味ではなく、日本人の脳裡に、桜に対するある種の美意識が、遺伝的に刷り込まれているようだ。 民族の記憶に、桜という花が、特別な位置を占めているといっていいかと思う。

桜のように見事に散華することを強いられた先の戦争の忌まわしい記憶よりもずっと古く、1000年の昔から日本人が持っていた美意識であろう。 桜の樹下に来て足を止め、ゆっくりと花をふり仰ぐのは、日本人としてきわめて自然な動作であり、異国にあって、自分が日本人であることを束の間確認する時間でもある。
イギリス人には、桜をそのように鑑賞する習慣など無く、当然ながら、日本人のような思い入れもない。 桜の花の下を、彼らはただすたすたと歩き去っていくだけだ。
春、木に咲く花は、何も桜だけではない。 路傍には梅も林檎も花をつけるし、西洋栗のおおぶりな花も、木蓮の白や紫の花もある。
それぞれに皆美しく、イギリス人も花咲く春の到来を喜ぶ。 彼らにとって桜は特別な花ではない。
私は歌人でもあるから、イギリスに来て、ずいぶん桜の歌を書いた。 歌人なら分かることだが、桜の歌は万葉の昔からすぐれた作品がたくさんあるので、その類型を逃れて、よい歌を書くのはかなり難しい。
恥ずかしいが、次の一首は私の作品である。 春先、イギリスの園芸屋に行けば、桜の苗木を売っている。
園芸屋と書いたが、要するに、花や草の種、苗木、肥料、鍬やシャベルから、電動鉄や草刈り機などの機具まで、庭に関するあらゆるものを売っている大きな店のことである。 イギリスの家にはたいてい広い庭があり、花や木が植えられている。
必然的に、このような店が必要とされるわけで、とくに春先は、入りきれないほど人が来る。 冬の間荒れた庭の草木の手入れを始めるからである。

私の家にも百坪くらいの裏庭があり、林檎の古木が2本ある。 5月には白い可憐な花を咲かせる。
桜の木はない。 よその家の庭でも桜を見たことがない。
園芸屋で苗木を売っているところを見ると、桜を庭木にしている家もあると思えるが、私が見知っている桜はたいてい、道の脇や公園の隅に植えられている。 ここまで書いて私はふと考えた。
桜桃のことである。 初夏には八百屋の店先に、桜桃が並ぶ。
色は深い紅色である。 粒が大きい。
日本で見る小ぶりで、明るい紅色のサクランボとはまるで違う。 甘さは薄いが、美味とはいえる。
テスコなどスーパーマーケットでも大量に売っている。

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